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仏教目線でのパワーストーンの効果とは?

効果なし!仏教(お寺)目線で見たパワーストーン(天然石)の力とは?

投稿日:

パワーストーン(天然石)には効果がない

パワーストーンは、透き通っていてすごくきれいですよね。

最近ではデザインもおしゃれになってブレスレットとしてもたくさんの種類が出ています。

たびたび宣伝などでも、恋愛成就とか金運アップなんて記載されていたりしますので

「この天然石はこんなパワーを持っている!」と言われてしまうと、私もちょっと身に付けてみようかな?と女の人なら思ってしまいますよね。

しかし仏教界では、パワーストーンには「これといったパワーはない」と考えられているんです。

お寺で仏教を布教しているお坊さん達はパワーストーンの効果について、ほとんどの人が否定的な意見なんです。

お坊さんとパワーストーン

お坊さんのパワーストーンに関する意見をお聞きしていると、圧倒的に「否定的」な意見が多いですね。

「霊的」な職業に仕えている方がなぜこういう意見になるのでしょうか?

その中で例として挙げられていたのですが、

パワーストーンにそんなすごい力があるなら…

  1. そのパワーストーンを置いているお店なら金運が向上してすべてのお店が大儲けしているのでは?
  2. そんなすごい効果があるのなら、そのパワーストーンを毎日触っているお店の人は、全員健康でお金持ちになっているはずでは?
  3. パワーストーンの値段に関する根拠(対価としての価値)が何もない

ということを挙げておられました。

数珠はパワーストーンではない

じゃあ、お坊さんはどうして数珠をいつも持っているのですか?という話ですよね?

人によっては、手首にいつも身に着けておられる人もお見かけします。

各宗派によって作法に違いはあるものの、数珠を持たないお坊さんはいません。

① 数珠は「読経をした回数を数えるための珠」だった?

数珠の使用方法は、お経の「回数」「真言」の回数を把握するための道具と言われています。

般若心経など一般的な「お経」は、その始まりと終わりがあるのであまり関係ないのですが、密教の場合は「同じ真言を何度も唱える」ので「何回唱えたか」がわからなくなります。

祈りを込めて一心不乱に祈祷をしていると、ある種のトランス状態になるため、このような方法を取られているということですね。

珠をたぐり続けて、「今、何回唱えたか?」を数えるために使用している訳です。

 

数珠の正式な数は「108」の珠で作られています。

108と言えば?

人が持つ盆脳の数ですよね。

除夜の鐘の数も108ですし、私達にもわりと身近な数字ではないでしょうか?

ただ、現在は略式の数珠が使われる事が多くて、珠の数は「54個」「36個」「27個」になっていることが多いそうです。

私達が持っている数珠の珠が108個も無いのはそういうことなんです。

「お経の何回唱えたか?」を数えるための「珠」が「数珠」だった。という訳なんですね。

② 数珠はただのツール?

仏教では原則的に、仏様やご先祖様を拝むためのツールとなっており、この装具に関して何かしら神秘的なことが引き起こされるとは考えにくい。という認識のようです。

数珠は、一人一人の身代わりとなる仏具でもあり、数珠を持つことが「徳(とく)」があるとされているのです。

つまりは、お守りの様なものなのですね。

しかし、実際の葬儀のときには「数珠を持たずに拝む」ことは「大変失礼なこと」とされています。

「数珠はいつも携帯しているもの」であり「喪服でなく平装でもいいが、数珠は必ず持参」しなければなりません。

このような意識や伝統は薄れつつありますが、せめて「先方の方に失礼の無いこと」だけでも認識しておきたいものですね。

 

お守りのようなものであるが、「衣装のひとつ」ということでしょうか。

③ 様式は違えど数珠を持つのはマナーのひとつ

葬儀や法事には「なんとなく持っていく」「みんなが使っているから」と、数珠をとりあえず持っておくという認識の人も多いのでは?

もちろん各宗派により「お通夜式」・「お葬儀式」・「法事」で様式や礼儀作法において違いはあります。

ですが、数珠を持つことは「知っていて当然のマナー」の一つなんですね。

数珠を持っていないだけで「世間知らずな人なんだ…」と思われてしまうぐらい大切な「常識」なんですよ。

クリスチャンが十字架を持つように、仏教徒が数珠を持つことは当たり前の知識ということです。

あなたは「自分は無宗派だから関係ない」と思うかもしれません。

故人を偲ぶことに数珠は必要ないかもしれませんが、葬儀やお通夜には、ご家族や親戚の方もお見えになります。

「故人とはそういう付き合いではなかった」にしても、参列者にとっては「大人のマナー」「常識外れ」になるということです。

「故人のためにも、心を穏やかに送り出してあげてください」とお話しされていました。

私の意見は?

お坊さんの意見をしっかり認識して考えた私の意見は、「とてもよくわかりました」です。

仏教の目線でみた「数珠」は「大人のマナー」であり「お守り」なんですね。

脈々と受け継がれてきた伝統と格式があって「似て非なるもの」であることが伺えました。

では、ひとつの個人的見解として書かせていただきます。

①根拠がないのは仏も同じ

根拠がないというなら「仏の教え」を自分で否定していることになる。

「南無阿弥陀仏」を唱えるだけで極楽に行けるという根拠はどこに?

そもそも極楽はどこにあるのか?西のお浄土とは?

お経を毎日唱える理由は?

②装具、作法、衣装はなぜ厳格に守られているのか?

パワーストーンに効果がないと言うなら、お寺や神社で使用しているすべての装具や衣装は何のために使用しているのか?

仏事に使用する装具や作法にも効果がないということになり、

別に私服でもいいということになりますよね?

どうして法具が何千年もずっと語り継がれ、大事にされてきたのか?

 

答えはかんたん。

神様や仏様に失礼だからです。

神様や仏様の前に出る時には、それ相応の身なりで「失礼のないように」しているわけですよ。

長い年月を積み重ねて完成させた「格式」だからです。

祈りを捧げるものが、人知の及ばない力に相対するときに、格式を重んじ、身なりを整えるのは当たり前のことでしょう。

③世界では普通に使用し信仰されているのはなぜか?

パワーストーンに効果がないなら世界中で使用されているのはなぜなのか?

チベット密教の最高指導者ダライラマはいつもパワーストーンを身につけているのはなぜか?

アジアだけでなくアメリカのインディアンは「ターコイズ」をいつも体に身に付けていますし、

ヨーロッパでは「マラカライト(孔雀石)」という天然石をお守りとして子供に持たせるという風習もあります。

いつも身につけることで「自然の力」と一体化しようとしているのだと思います。

④エセ宗教家や怪しい占い師のせい

悩みを解決したいなら「この壷を買いなさい。」

悪霊を取り除きたいのなら「この水晶が必要です。」

こんなことを言われたらどんな人だとしても不安になってしまいます。

人の不安を煽って高額な商品を買わせるような人たちが多く存在することで「本来の価値」が低下しているのだと思います。

 

本当にそれで

その人が救われるのならば

なにも問題ないのですけどね。

 

心の底から「人々の幸せ」を祈っておられる人にすれば、こんな人達と「一緒にされたくない」と思うのは当然かもしれません。

パワーストーン効果なしまとめ

ダライラマがいつも自分の身から離さずつけているのが「天眼石」と言われています。

チベットでは「天から降ってきた石」として広く国民に知られています。
「神の視点を持つ」という意味も併せ持つ天然の石です。

ダライラマ14世がノーベル平和賞受賞式にこの天眼石を身につけていったことはとても有名な話です。

チベット密教の最高指導者も身につけているのですよ。

パワーストーンに効果が無いなんて簡単に言えるはずないんです。

人の頭の中は、疑っている時点ですでに揺れ動いているわけです。

何でもかんでも疑うことしか知らない人が、パワーストーンの効果を実感できるはずもありません。

 

プラシーボ効果(パワーストーンに限らず、すべての)に関しても、実際の所は科学的にも何ひとつ解き明かされておりません。

科学では「このような出来事が存在する」と理解しているだけのことで、

「どのようなメカニズムであなたに影響を受けるのか?」ということは、まったく明らかになっていないというわけです。

 

今の時代の科学は依然として未発達なんです。

パワーストーンについても、論理的な現実からしたら、「はっきり分からない」ということなのでしょう。

否定さえも肯定もできないということになりますね。

 

結局はパワーストーンを身につけた人が、身につけることによって

「心の安らぎ」「不安な心のより所」としてどう感じるのか?

なのでしょう。

要するに、適当なものと「一緒にされたくない」ということですね。

仏教で使用される法具や作法もつまるところ、身に着けることによって、厳粛にすることによって心に「極楽浄土」が描け、僅かでも「神や仏に近づけた」と思えるからではないでしょうか。

 

日本で、数珠を一般的な仏教徒が用いるようになったのは、鎌倉時代頃だといわれています。

しかも、数珠の起源はお釈迦様の生誕より以前なのですよ。

数珠の元来の使用用途は、古来インド「ヒンズー教の祈祷」の儀式で使用していたのが起源とされています。

使用目的の意味としては「魔除け」と「福の授受」なのですよ。数珠を持っているだけで、効果のあるものとされていました。

パワーストーンを身につけることで、

「私は守られている」

「私は上手くいく」

と気持ちが穏やかになることは、

それだけでもとても素晴らしく前向きな考えだと思います。

 

そして、そんな気持ちにさせてくれるのなら、そんな気持ちになれるのであればそれは

パワーストーンはすごく効果がある」ということになるはずです。

 

もしもパワーストーンを身につけていて心が安定していれば、

気持ちが前向きなのですから、当然ながらいつもニコニコしていますよね?

「笑う門には福が来る」

あなたがいつもニコニコしていれば「良縁」も勝手に舞い込んできます。

わかりますか?ニコニコしているから良いことが訪れるのです。

その中には「お金」も少なからず含まれるでしょう。

だとすれば、それは金運がアップしたということになります。

 

世界中の成功者やお金持ちの人は、そういう見えない力を非常に重視します。

あなたの周りの経営者の人や社長さんは神事や仏事を「ものすごく大事」にしていませんか?

そういう人はちゃんと知っているんです。

何ともいえない「不思議な力」の存在を解かっているからなのです。

むしろそういう人ほど、他の人が知らない力を大切にします。

だから、幸運が幸運を呼び込むのですよ。

よい習慣は見習うべきです。

ぜひあなたも「見えない力」を意識してみてください。

世界的にみても「日本人はスピリチュアル的なことには軽薄だ」といわれています。

目に見えることだけが現実ではありません。

「これは運命かも?」と思ったことはありませんか?

それは目に見えましたか?

あなたの心がそう感じ取ったはずです。

そういうことなんです。

 

何もしてこなかったから今の生活と結果があるんです。

じゃあ、何かしら今の生活に変化をつけたなら、少しは変わってくると思いませんか?

 

あなたの人生が劇的に変わることはないかもしれませんが、少なくとも心は間違いなく豊かになるはずです。

心が豊かになれば、それは表情に表れます。

 

しかめっ面をしていて「幸運」が舞い込んでくると思いますか?

怖い顔をしている人間がお金に好かれると思いますか?

闇を払いのけ、光に包まれた人間だからこそ、なるべくしてなった状態なんです。

「パワーストーン」も「お守り」も「御札」も「数珠」も

結局は心に「安らぎ」を描けるか?だけの話だと思います。

 

この何かを身につけることで、極楽浄土のような「平穏」な気持ちを持てるのなら、どんなものでもいいはずです。

あなたの今の生活に合ったアイテムでいいんです。

小さいことにこだわらず、明るく前向きに生きることが全ての根本的な解決になるのではないでしょうか。

 

最後まで読んでいただきまして

ありがとうございました。

 

信じようが信じまいが見えない力は存在します。あなたの光はきっとこの先に‥>>>

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